これからの季節に大事な「WBGT」
WBGTという言葉を知っている、ないしは聞いたことがあるという人はどのくらいいるのだろうか?私もとある機会でアンケートを行って調べたことがあるが、9割くらい知らないのが現実のようだ。
しかし、これからは、「WBGT」は重要なキーワードとなり、その重要性はますます高まるはずだ。
WBGTとは
単位も気温と同じ「℃」ないしは「F」だし、オーダーもあまり変わらないので、気温の一種類に思う人もいるかもしれない。結果的には確かにそうだが、考え方が根本的に違う。WBGTは、人体と外気との熱のやりとり(熱収支)に着目した指標である。
WBGTとは、熱中症の予防を目的に1954年にアメリカのYaglouとMinardが提案した指標(※1)で、日本語では「暑さ指数」とも呼ぶ。Wet Bulb Globe Temperature(湿球黒球温度)を略してこのような表記になっている。以下の3要素を取り入れている。
1)湿度
2)日射・輻射(ふくしゃ)など周辺の熱環境
3)気温
日本では、4月下旬~10月下旬の間、環境省「熱中症予防情報サイト」で、実況値や最大3日先までの予測値を見ることができる。
算出式は以下のようになっている(※2)。
・屋外での算出式
WBGT =0.7 × 湿球温度 + 0.2 × 黒球温度 + 0.1 × 乾球温度
・屋内での算出式
WBGT =0.7 × 湿球温度 + 0.3 × 黒球温度
上記の「乾球温度」が、いわゆる「気温」に相当する。単純に気温だけでなく、湿度や日差しの違いをも考慮して、熱中症予防につながる指数とされている。正確には、計算式上は、気温の要素はごく少ない。
なお、以下の推定式もある(※3)。
WBGT=0.735×Ta+0.0374×RH+0.00292×Ta×RH+7.619×SR-4.557×SR2-0.0572×WS-4.064
Ta:気温(℃)、RH:相対湿度(%)、SR:全天日射量(kW/m2)、WS:平均風速(m/s)
WBGTの有効性
熱中症のリスクを事前に判断するために1954年にアメリカのYaglouとMinardにより提案されたWBGTは、1982年にはISOにより国際基準として位置づけられた。日本でも、(公財)日本スポーツ協会「熱中症予防運動指針」、日本生気象学会「日常生活に関する指針」で、WBGTを活用した基準が設定されている。いずれに関しても、WBGTが28℃以上になると「警戒」、28℃以上になると「厳重警戒」、31℃以上になると「危険」ないしは「運動中止」とされている。
環境省「熱中症予防情報サイト」では、気温と比べたWBGTの有効性を示す以下のデータ例を示している。日射量や湿度次第で気温との上下関係が逆転、気温の低い日の方のWBGTが高くなり、熱中症の救急搬送数が増えている実例だ。
気温とWBGTの逆転例と熱中症搬送者数(環境省「熱中症予防情報サイト」より)
また、環境省が出す「熱中症警戒アラート」の基準となっているのも、多くの論文で発汗量や飲水量との相関が高いとされている(※4)のも、気温ではなくWBGTの方である。
気温、湿度、WBGTの関係-実際の観測データより
実際の観測データでは、気温、湿度、WBGTの三者の関係はどのようになっているのか。福岡市の2023年6月27日~29日の3日間のデータをもとに三者を並べてグラフで表すとともに、気温とWBGT、湿度とWBGTの相関を示した。
WBGTと温度、湿度の推移(2023年6月27~29日、福岡市)
気温とWBGTの相関(2023年6月27~29日、福岡市)
湿度とWBGTの相関(6月27~29日、福岡市)
特徴は以下の通り。
・全体にWBGTの方が気温より変化が小さい。
・WBGT<気温となっているが、夜間にはその幅は縮まり、湿度が高いときは逆転することもある。
・WBGTと気温とは若干の相関はあるが、その相関は必ずしも高くない。
・湿度単独では、WBGTとの単純相関はあまりみられない。
WBGTには温度、湿度のほか、風速や日射量も反映されている。その分複雑な指標ともいえるだろう。
おわりに
2023年も7月に入り、暑さはこれから本番を迎える。各地のWBGTだけでなく、その指標の見方は、環境省「熱中症予防情報サイト」にも掲載されている。昨今の気候変動下では、この指標の重要性は高まるであろう。この夏は、この「WBGT」に着目するのもどうだろうか。
(※1)
アメリカ・サウスカロライナ州パリスアイランドの海兵隊新兵訓練所で、熱中症のリスクを事前に判断するために開発された。パリスアイランドは湿度が高い上に、海兵隊の訓練は厳しく、訓練中は服装や装備にも厳しい制約があったために、熱中症になりやすかったことが暑さ指数(WBGT)の提案につながったとのことである。(参考:熱中症予防情報サイト)
(※2)
湿球温度、黒球温度は以下の通り。
【湿球温度】
温度計の表面にある水分が蒸発した時の冷却熱と平衡した時の温度で、空気が乾いたときほど、気温(乾球温度)との差が大きくなる。水で湿らせたガーゼを温度計の球部に巻いて観測。
【黒球温度】
・直射日光にさらされた状態での黒球の中の平衡温度で、弱風時の日なたにおける体感温度と良い相関がある。黒色に塗装された薄い銅板の球(中は空洞、直径約15cm)の中心に温度計を入れて観測する。
(※3)
この式は、以下の論文で紹介されている。環境省「熱中症予防情報サイト」の実測・予測データ上では、この式を用いてWBGTを計算する観測地点も多い。
小野雅司ら(2014):通常観測気象要素を用いたWBGTの推定.日生気誌,50(4),147-157.
doi:10.11227/seikisho.50.147
(※4)
以下の論文例がある。
Scott J. Montain, PhD, and Matthew Ely, MS “Water Requirements and Soldier”, Borden Institute
Institute of Medicine of the National Academies “Dietary Reference Intakes for Water, Potassium, Sodium, Chloride, and Sulfate”, 2005
中井誠一ほか「運動時の発汗量と水分摂取量に及ぼす環境温度(WBGT)の影響」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspfsm1949/43/4/43_4_283/_article