震災対策とカーボンニュートラルの両立には?ー能登半島地震の現実からー

 令和6年能登半島地震の報道で、私も含め多くの方の目に留まったシーンの一例が以下であろう。


出典:【能登半島地震】ビニールハウス 肩寄せ合い 2024年1月13日 05時05分 (1月13日 11時10分更新)
https://www.chunichi.co.jp/article/837000


出典:〈1.1大震災~連載ルポ〉ビニールハウスで身寄せ合い
志賀・草木 「近所の仲間心強い」1/12(金) 8:01配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/1be73d3a600938783b436a450ea2e36583da27da

 ビニールハウスに避難して暖を取る人々。その暖房として「活躍」しているのが石油ストーブだ。EVや太陽光発電ではない。その燃料は言うまでもなく石油で、温室効果ガスの排出源として批判されている燃料だ。一方で、この暖の取り方が「地球環境を破壊している」という人はいないし、また私もその気持ちにはなれない。

 その被災地で重要な移動手段となっているのが「ガソリンを燃料とした車」である。そして、被災地目線の一次情報では「EVよりずっとガソリンの方が信頼できる」声もある。その一例が、澤円さんのVoicyサイト「澤円の深夜の福音ラジオ」から、対談した野水さんの現場の声として上がっていた。

 ここで、リスナーからのEVの利用の可否に関する質問につき、野水さんは以下のように応えられている。「4」の項の51分40秒過ぎからがその該当箇所だ。

EVはごみ。暖房効率が悪いので1晩もたない。もし火事になったら爆発する。
ハイブリッドおすすめ。発電もできて暖もとれるので最高。
電力網の問題。日本の配電網は網ではなくてピラミッドになっている。太陽光発電があるのに100m先にも電気が届かない状態になっている。この改善がないと電気の分散型の保存はできない状況。
従ってEVは役にたたないというのが回答。
ガソリン自動車は自律分散で圧倒的に安心感がある。

 被災者の目線、被災者の一次情報からは、『災害時に頼りになるのは「石油」「化石燃料」』という現実が存在するように感じる。「避難者は太陽光エネルギーで暖を取って避難環境を過ごした」「EVが避難生活を支えた」といった声は全く聞かない。なぜ石油が震災時に活躍できているのか?なぜ電気や再生可能エネルギーではないのか?その理由を示すキーワードとして野水さんが挙げていた「自立分散」が考えられる。能登地震の例でも見られるように、震災時には道路、通信、上下水道、鉄道…といった様々なネットワークが分断される。こうした中、石油は上記インフラとは独立して一定期間貯蔵・保存でき、インフラが分断された中でも利用できる…というのが大きいのだろう。

 ここで疑問が出てきた。

・地震対策とカーボンニュートラルは矛盾する「水と油」の関係なのか??
・地震対策を完全に満足させながらカーボンニュートラルを実現することはできるのか?

 なお、「地震があるからカーボンニュートラルはあきらめろ、考えるな」この意見はここでは考慮しない。科学がもはや証明し、国連やほとんどの国の政府が目標として定めているように、カーボンニュートラルは未来を守るために絶対的に必要条件である。以降はあくまでその前提に立つ。そして、これは私自身の信念でもある。

 私なりに考え付くソリューションは、段階を挙げて書くと、以下の3つである。
1.平常時の化石燃料使用をさらに減らす
2.「身近につくってためる」電気のイノベーション
3.コンパクトシティの実現

前段:地震災害の特殊性
 まず前提として、地震災害と他の災害の違いを1点触れなければならない。豪雨、台風、干ばつ、豪雪など気象に起因する災害は、その根本原因として地球温暖化や気候危機があることが多い。したがって、「カーボンニュートラルの実現がその災害の原因となる芽を減らすことにつながる」という解釈ができる。言い換えれば、災害防止とカーボンニュートラルは同じ方向を向いていると言える。これに対し、地震の発生は直接的には気候変動と連関がなく、「カーボンニュートラルの実現が震災発生の可能性を減らす」ということは、少なくとも直接的には言えない。「人間が地球環境を破壊したので地球が怒って地震を起こす」というスピリチュアルな考えもないとは言えないが、この考えは少なくとも科学的根拠に大きく賭けている。

1.平常時の化石燃料使用をさらに減らす
 再生可能エネルギーの普及が進んだ現在は、少なくとも平常時には、化石燃料によらなくても済むケース「通常運転」のケースが圧倒的に多いであろう。一方で地震のような不測の事態はいつどこで起こるか分からない。そこで、震災などの非常時に「使うのはやむを得ない化石燃料」に起因する「排出はやむを得ないCO2」を「非常時排出量」のような形で計算しておき、これを差し引いた分を「通常時の排出量削減目標」として設定しておくのだ。つまり、災害時に備え、それ以外の通常時のCO2削減をさらに厳しく設定するということだ。例えば、日本政府の目標は、2030年度において、温室効果ガス46%削減(2013年度比)を目指すことされている(これでも実際はまだ低い目標と考えられる)が、災害発生時の分を4%見積もって、平常時の排出削減目標を50%に置き換えるという形だ。企業、自治体、国レベルでも同じことが言える。その実現のためには、平常時の化石燃料使用をさらに減らしていくこと、いや平常時には「不要不急の化石燃料は使用しない」くらいのプランを立てて実行することが必要だろう。
 ここであえて課題を1つ挙げる。この策が功を奏し、化石燃料の需要が激減してこれが座礁資産化した暁には、国策として、現産油国も再生可能エネルギーにシフトしているはずだ。となると、「災害対応時の需要のためだけに石油を生産する」ことは、現産油国にとっては経済合理性の観点から割に合わない事態も生じる。「地震が起こりました、だから急ぎ石油を出してください」という言い方は、経済原則からしてもあまりに虫のいい言い方になるわけだ。そこで次のステップが必要となろう。

2.「身近につくってためる」電気のイノベーション
 石油のメリットが「自立分散」にあるとすれば、電気やこれを生み出す自然エネルギーも自律分散できるようになればどうなるか。購入コストの問題も含めて石油の優位性が消え、「わざわざ石油を使わなくても災害対応できるじゃないか」「CO2を排出せず環境にやさしくて一石二鳥だ」ということになる。自然エネルギーからの電気を自立分散できるようにでき、震災などの災害時に上記の石油ストーブのような使い方ができれば一番である。この実現のためには、電気を「身近につくってためる」ことができることが重要だ。
 具体的には以下のイメージになる。

・太陽光・風力などの自然エネルギーを使って、自宅ないしはコミュニティで非常時にも使える電力を発電する。
・上記で発電した電気の一部を常時バッテリーに蓄えておく。
・通常時には余剰電力を生活に自己使用する一方、災害時にも使用可能なように常時一定量を蓄電しておく。
・このバッテリーは3日~1週間分の容量があり、持ち運びも可能である。
・震災などの災害により停電した時にはこの電力を活用して、暖房などの電源に活用する。自宅だけでなくコミュニティ単位で使ってもいい。いわば最初の「ビニールハウス内の石油ストーブの代わり」だ。

 この考えに沿った方策やプロダクトは、既に開発や実用化が始まっている。初期投資は必要になるが、石油を購入するコストは消滅し、長期的には割に合う計算になる。実用化に向けた初期投資以外の課題としては、蓄電池の容量と発電能力などが挙げられるだろう。
 一方、この策も、技術やコストのハードル以外にさらに課題が考えられる。そもそも、送電などの従来のインフラは完全否定できるのだろうか?上下水、送配電、都市ガスなどあらゆる生活の全てを自立分散にすることは、一見理想的に見えて、特に通常時には効率が悪い。逆に言えばこの効率の問題があったからこそ、以上のようなインフラが生まれて今日の私たちの生活を支えているはずだ。インフラを活用しながら自立分散の機能を担わせ、全体的にエネルギーを効率使用していくことが重要だろう。

3.コンパクトシティの実現
 前項で示した課題へのソリューションは、都市レベルのものになるだろう。これは「コンパクトシティ」だ。居住エリアとともにあらゆる機能が集約されれば、インフラの整備コストやメンテナンスコストも低減し、前項で挙げた「自立的な自然エネルギーのバッテリーへの常時貯蔵」の導入コストのハードルが下がる。既存のインフラとの連携が行いやすくなり、これがまたコストを下げる。通常時だけでなく災害発生時にも、コミュニティ全体でのエネルギー消費やCO2排出は減少し、地球環境・防災の量面で効率的な対策が行えるはずだ。なお、交通の観点からは、環境に一番やさしい一番理想的な条件はそもそも自家用車を全く使わなくてすむ街である。EVの利用はあくまでこれができない地方部におけるいわば「次善策」だ。ガソリン車かハイブリッド車かEVかの議論は、理想論を言えばここで消滅する。

まとめ
 震災などの災害への強さと排出量削減・カーボンニュートラルの両立に向けて必要なものを一言でまとめると、「コンパクトシティのもとで自立分散可能なエネルギー活用策をつくる」になろう。
 逆に言えば、長い間石油がエネルギーの主役となれた原因は、簡単に言えば自立分散が行いやすいからと言える。この「石油のメリット」が、今回の能登半島地震によってある意味浮き彫りにされてしまったのが、現地の一次情報を踏まえた現実だ。
 その現実を乗り越え、「災害・震災にも強いカーボンニュートラル」を実現するにはどうすればいいのか?震災対策とカーボンニュートラルの連関は実はあまり議論されてこず、両者の接点は全くなかったように思える。環境・サステナビリティ・SDGs活動でもあまり意識されていなかった気がするのだ。環境活動家・NPOも含め能登半島地震で生まれた現実に向き合い、理想を捨てず「誰も取り残さない」「課題を何も取り残さない」ソリューションに向け考えていく必要があるのではないか。このためには、イノベーションやこれを支えるスタートアップの役割も大きいと思う。
 なお、それをプロダクトの形で具現化するためにはもう1つ壁がある。例えば能登半島地震の被災者にとって「震災時にもエネルギーを確保できる製品」「震災時のエネルギー確保と地球環境保全を両立できる製品」のどちらの方が受け入れられやすい?おそらく前者だろう。マーケティング面では課題が単純でソリューションが単純な方が受け入れられやすいに決まっている。「ユーザーにどう受け入れられるか」震災対応やプロダクト作成に限らず、NPOや環境活動家が自分たちの信念や理想をより多くの人に理解してもらうためにも今後しっかり考えていかなくてはならない視点のはずだ。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です