新たな気候危機:気候変動が腎臓病を引き起こす
「気候変動により腎臓病が増える」日本語記事ではほとんど報道されないが、グローバルにみるとこうした現実があるようだ。健康に影響を及ぼす新たな種類の「気候危機」と言っていいだろう。
これは、実は、数日前まで私は全く知らなかった。たまたま英語で検索すると「Kidney」のワードが載った記事や論文のサイトが出てきて、これをちょっと調べてみるとわかった次第だ。
この事実に関する2023年8月9日付のTIMES電子版の記事。
https://time.com/6303020/chronic-kidney-disease-climate-change/
その見出しは以下になっている。
「慢性腎臓病が、気候変動による黒肺塵症になろうとしている」
黒肺塵症は、炭粉の吸入・蓄積が肺に炎症・繊維症・壊死を引き起こす肺塵症で、炭鉱労働者に多く見られる。治療は対処療法しかなく完治は不能である。気候変動が腎臓病を引き起こし、不治の病の1つである「黒肺塵症」に例えられる深刻な労災のひとつになろうとしているのだ。
本当に気候変動により慢性腎臓病をはじめとする腎臓病患者が増えているのか、もしそうならその理由は何かを取り上げる。
1.世界の腎臓病患者の現状
世界の腎臓病の患者数は8.5億人で、腎臓病による死は死因の12番目になっている。2040年までは、腎臓病は死因の5位になる見通しである。高齢者、女性、糖尿病や高血圧の患者により広がっている。
2.腎臓の役割と暑さによる影響
細胞内外の浸透圧や血圧の維持に重要な役割を果たしている腎臓は、その最も重要な機能の1つである尿濃縮を通じて、窒素を排出しつつも脱水を最小限にとどめることができる。一方、代謝が上がり、排泄老廃物の濃度が高くなれば、腎臓は気候変動による損傷を受けやすくなる。実際、いくつもの研究により、気温上昇の結果として、急性腎障害、慢性腎臓病、腎結石、尿路感染症といった様々な腎臓病の緊急治療を受けて入院する人が増えていることが明らかになっている。ある研究によれば、労作性熱中症患者の91%に急性腎損傷が見られていた。熱中症関連の急性腎障害患者の10~30%が透析を必要とし、数か月後に慢性腎障害になるケースもある。
腎臓病と気候変動との関連をまとめると、以下のようになる。
腎臓病と気候変動との関連
(出典) Joyita Bharati , Saurabh Nayak , Vivekanand Jha “Environmental change and kidney health”, Wits Journal of Clinical Medicine, 2022
3.気候変動による影響を示すデータ
気候変動と慢性腎臓病との関連が疑われるようになったのは、様々な暑熱地域で極度の暑熱環境下での肉体労働者への影響が認められるようになったからだ。
2003年、エルサルバドルのサトウキビ畑の労働者に、当時Mesoamerican nephropathy(メソアメリカ腎症)と呼ばれた原因不明の腎臓病の労働者が見つかった。Chronic Kidney Disease of Non-traditional origin (CKDnt)と呼ばれるようになったこの慢性腎臓病は、中央アメリカの太平洋岸の、屋外の高温多湿の環境下で長時間働く労働者を中心に蔓延するようになった。その後の研究で、このCKDntは、熱中症が引き起こす急性腎損傷を繰り返すことで進行することが明らかになった。マウスを使った実験でも熱ストレス・脱水が尿細管や腎糸球体の損傷を通じて腎臓に影響することが証明された。CKDntによる死者は中央アメリカだけでも現在まで20,000人にのぼっている。CKDntは、タイの稲作農家や塩田業者、中東やマレーシアで働くネパールからの移民労働者、インドの石工やココナッツ収穫者、エジプト~カメルーンの農業従事者や鉱山労働者に広がっている。熱帯や赤道直下では、高温・多湿・重労働の要因が合わさるとどこでも発生し得る。地球の気温上昇とともに、CKDntの患者は増加を続けている。
また、ブラジルの公衆衛生システム(SUS)からの記録に焦点を当てたブラジル・オーストラリアの共同研究によれば、2000年から2015年にかけて、200,000の腎臓病の症例が、直接的に気候変動と関連していたとのことだ。同研究では、気温が1℃上昇するごとに、腎臓病で1週間入院するリスクは0.9%上昇していたとしている。これは一見小さな数字だが、ブラジルでは公衆衛生システム上の大きな負担となっており、2000年は3.4億ドルだったコストが2009年には7.13億ドルと2倍超に膨れ上がった。その原因として、暑さにより発汗とその結果としての脱水が合わさって、腎臓病の進行に大きな役割を果たしていることを挙げている。また、女性、4歳未満の子供、80歳超の老人でリスクが高いとしている。
その他の数値データとして、以下のものが挙がっている。
・気候変動による気温上昇で尿結石の患者数が増加し、サウスカロライナ州では、気候変動対策が何もなければ医療コストが9,900万ドル増加する(対策をとっても5,700万ドル)。
・気温が1℃上昇するごとに、腎臓病の罹患率は1%上昇する。
・ニューヨーク州での2005年~2013年のデータに基づけば、極端に暑くなった日の2日後、腎臓病による救急搬送数が3.1%増加する。このリスクの高い状態は最長で約1週間続く。
気候変動が腎臓病を引き起こす流れを体系的にまとめると以下のようになる。
気候変動が腎臓病を引き起こす流れ
(出典) Joyita Bharati , Saurabh Nayak , Vivekanand Jha “Environmental change and kidney health”, Wits Journal of Clinical Medicine, 2022
4.まとめ
気候変動に伴い気温が上昇すると、発汗や脱水が増加すると、腎臓に負担を来たし、急性腎障害、腎結石、さらに治療が困難な慢性腎臓病の発生につながっていくことが、複数の研究や論文により明らかになっている。この影響は特に高温多湿の環境下で長時間働く屋外労働者に多い。特に途上国では、水分補給へのアクセスの不自由さのために脱水リスクが高まり、重金属や汚染物質の影響も手伝って腎臓病を発生しやすくなる。
言い換えれば、腎臓病は、気候変動に明確に起因する疾患となり、健康面で人間に直接影響を及ぼすいわば「気候危機」の一形態になっているわけだ。あらゆる気候危機の影響は、特に脆弱な層、脆弱な地域に大きく表れる。この腎臓病への影響もその例外ではない。劣悪な労働環境に置かれる脆弱な層の人々への影響が大きくなる。
この対策はどうすればいいか?「適応策」の観点では、いわゆる熱中症の対策と同様に、適切な休憩や水分補給が重要になってくる。日本のいわゆる「熱中症対策」の論ではここで終わりだろうが、気候変動と腎臓病の関連を取り扱った多くの論文は、ここで終わらない。根本的に気候変動に伴う気温上昇を食い止める必要性について大半が言及しているのだ。これは、「夏の高校野球をやめればいい」「甲子園開催をやめて京セラドーム開催にすればいい」ような発想にとどまる日本の論点にはない重要な視点であろう。
(参考)
Richard J Johnsonほか”Climate Change and the Kidney”, Ann Nutr Metab (2019) 74 (Suppl. 3): 38–44., JUNE 14 2019
https://karger.com/anm/article/74/Suppl.%203/38/42811/Climate-Change-and-the-Kidney
As temperatures rise, so does risk of kidney disease, study finds
by Suzana Camargo on 4 January 2022 | Translated by Maya Johnson
Study Shows Climate Change Will Lead to Increase in Kidney Stones
Published on Jun 15, 2023
https://www.chop.edu/news/study-shows-climate-change-will-lead-increase-kidney-stones
Alex Gallagher, Brendan Smyth “Climate Change, Heat-Related Acute Kidney Disease, and the Need for Action“ Vivekanand Jha, February 07, 2023
https://www.ajkd.org/article/S0272-6386(22)01081-2/fulltext
Aryn Baker "Chronic Kidney Disease Is Poised to Become the Black Lung of Climate Change", AUGUST 9, 2023 4:18 PM EDT
https://time.com/6303020/chronic-kidney-disease-climate-change/
Joyita Bharati , Saurabh Nayak , Vivekanand Jha “Environmental change and kidney health”, Wits Journal of Clinical Medicine, 2022
https://www.scienceopen.com/hosted-document?doi=10.18772/26180197.2022.v4n3a3